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祈り

8月は祈りをささげる日が多い。広島、長崎、終戦、日航機の事故、お盆もそうだ。亡くなった人たちに手を合わせ祈る。このやり方は古今東西、略共通なのでヒトが本来持っているものなのだろう。ネアンデルタール人の墓に花がそえられてあったというのは有名な話だが彼らもまた手を合わせて祈ったことなのだろう。
 祈りとは本来宗教などとは関係なく静かに願うものなのだと思う。広島や長崎で祈る姿を見ていると本当にその思いが伝わってくる。一番嫌いなのは形だけで祈った振りをしている人。大半はこのような人たちだと思う。平和を願う、暴力の廃止と言いながらそれが実際の生活とは何の関わりもない。拉致被害者の家族会のような強い意思があれば平和のための大きなうねりが出てくるはずだが現実は遠のくばかり。
 宗教は本来人々を安らぎの世界へ導くはずなのに現実は狂気と混乱を招いている。アフガニスタン、イラク、そしてレバノン、イスラエルで毎日人が死に、嘆き、祈っているがそこから出てくるのは憎しみの連鎖。いつも戦いを叫ぶ輩が大勢を占めガンジーやキング牧師達は結局排斥される。キリスト教とイスラムの文明の衝突なのかもしれないが戦争は何も生み出さない。そのことを体験した人たちが少なくなってきた。最近では8月15日が何の日だか知らない若者がふえているそうだ。言うまでもなく敗戦記念日なのに巷では終戦記念日と呼ぶ。このようなまやかしの言葉を使うから戦争に対する認識がおかしくなり一転して皆被害者になって戦争が終わって良かった良かったと人事のような言い方になる。これでは「歴史認識」を中国や韓国から言われるのも一理あると言わざるを得ない。
 神も仏も信じない身なれば幸か不幸かこれまで祈った経験が無い。しかし毎年8月になると祈るということを考えているような気がする。
by kakabura | 2006-08-11 21:55 | ぶらだより
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2羽のアゲハは何をしているのでしょう。
by kakabura
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