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諦める

皆様お変わりありませんか。私の方はちょっと落ち込み気味、ぶらだよりを始めた頃が最高で目下下落中。といっても毎年この時期になるとこうなので諦めています。

- 諦める -
5年程前に義父が癌になったと聞いて千葉から福井へ帰った(私は単身赴任でしたが)。義父は開業医をやっていて多趣味でもあり色んな事に造詣が深かったし極めて合理的な思考の持ち主だった。他人に縛られるのが嫌いでその分だけ我侭だったかもしれない。医者だけに自分の余命もわかっていたはずだ。一時は仕事を辞めると言った頃もあったが結局続けた。その頃だろうか、長年疑問に思っていたことがやっとわかったと語ってくれた。それは戒名の事で子供の頃に「諦道」というのを貰ったそうな。しかし何でも道を諦めるとはひどいと思っていた。五木寛之の「他力」と言う本を読み、諦めるとは明らかに極めるという意味とあり納得したそうである。
 人間にはどうしてもできない時がある。そのような時にはその事を明らかに極める事によりその事を受け入れる事が出切る。その時には愚痴や未練のない潔さだけが残る。そこまで行って始めて諦めても良いのだろう。逆に言えば簡単に諦めてはいけない。私には生まれた時から脳に障害を持つ娘がいる。その事はどうしようもない事と諦めていた(積もりだった)。しかし本当に諦めたのは家人だけであり私は本当にその事と向かい合った事はなくその結果全てを家人に押し付けていた。仕事を辞めてようやく気づいたが未だに極めるに到っていない。未熟な事この上ない。

義父は自分の「死」ということを諦めたのだろうか、その後はそういった話はせずに倒れる前日まで仕事を続けた。見事と言うほかは無い。5年前の今日25日の明け方、静かに息を引き取った。自分のやりたい事をし、言いたい事を言った満足した人生だったに違いない。

しかし息子は40を過ぎても社会への1歩が踏み出せず、娘の選んだ相手は50で社会から引っ込んでしまった。あんなに聡明だった義父も子供の教育にだけは失敗したらしい
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by kakabura | 2004-09-25 13:53 | ぶらだより

夏の終わり

皆さんお元気ですか。先週のメールにポラリスとは原子力潜水艦かと思ったというお便りを頂きました。確かにそんなのありましたね。今日は2本立てでいきましょう。



-夏の終わり-

「冬のソナタ」で去り行く冬を惜しんで ”もう冬も終わりね” とユジンがつぶやく場面があった。

冬の終わりは愛の終わり・・・・(胸キュン!!)

気がついたら何時の間にかもう秋、虫の声と共に暑かった夏は去って行ったようだ。今年の夏は連続真夏日の記録更新したりして暑かった。記録としてはそうなのだが、実感としては暑くなかったのだ、てっきり家の中に閉じこもっていたせいだと思っていたら新聞に同様の事が書かれていた。7月の始めから急に暑くなりそれに体の方が慣れてしまって暑さを感じなくなったらしい。その為か期待されたサマーラリー(暑さで物が売れ株価が高騰する)は不発に終わり、夏ばてが身にこたえた人もおられるかも。NHKの「ためしてガッテン」で正常性バイアスという話をしていました。危険がジワジワやってきても感覚の方は少しずつ慣れていくようにして大丈夫大丈夫と思わせる仕組み、そうそう蛙を熱湯に入れると飛び出るけれど水からゆっくり熱くしていくと飛び出す機会をなくすというやつですね。危険の感度を下げてしまうという危険性。人数が増えるほど感度は低下するそうです。災害の時には感度を上げて人より早く逃げること。危険と感じている時は安全な時。

 そういえば、まだ梅雨だ梅雨だと思っているうちに畑が乾き始め茄子を枯らして慌てて水遣りに走ったっけ。それから大切な西瓜や茄子をカラスに食べられ、畑指南役のおじさんに聞いたところ”今年のカラスの被害はひでえ、いつもは食べんもんまでやられてもた”と言っていました。そしてその数日後にあの大水害がやって来ました。異常な夏をカラスもおじさんも知っていたのですね。残念ながら私には今身の回りで起きている異常性を感知する能力は無いようです。



-世界の中心で愛を叫ぶ-

 映画やテレビドラマになったこの作品、図書館の予約をして待つこと半年、ようやく読む事が出来ました。高校生の若い恋人をおそった白血病、生きる事の意味を問い、愛を育みそして恋人を失ってからも17年その想い、意味を問い続けた人生。毎週テレビでこのドラマを見続けドラマの終了と同時に原作を読む事になりました。この本を読んで改めて文字、言葉の凄さを感じました。なんの衒いもない普通の言葉が淡々と綴られている、しかしその文章はガラス細工ででもできているかのような繊細な感覚を呼び起こさせる。何十年ぶりだろう、この様な本を読んだのは。読み終わって一瞬不可解な倒錯感を覚えた。昔から本は良く読んできた、ジャンルにこだわらず乱読の類で半分は暇つぶしだった。しかしこの本を読み終えてこんな世界がある(あった)事に感銘を受けた。世界はかたちあるものだけではない。(ちなみにTVの主題歌は柴咲コウの「かたちあるもの」)

 友人が大学で高校生の入学希望者への講義を行った時にこの本を読んだり、映画、TVを見たかどうかを聞いたところ驚く事にほとんどいなかった由。ベストセラーになり大ヒットとなったこの作品の読者は一体誰なのだろう?冬のソナタも支持しているのは圧倒的に中年のおばさん。考えて見れば私も高校時代にそういった本を読んだ記憶は無い。青春の中にいる人達には必要が無いのかもしれないが、漫画、アニメといった作られた映像だけではなく言葉から紡ぎだされる感性の世界を味わって欲しいと思うのは中年のたわごとだろうか。



 今ごろになって純愛物にはまっている私は家人の蔑みの視線に耐えつつ明日も見るつもりなのです。時には汚れかけた心の洗濯も良いものですよ。
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by kakabura | 2004-09-18 13:52 | ぶらだより

所有から利用へ

ぶらだよりで約20年ぶりに大学時代の友人と連絡が取れました。とても嬉しくその後のメールでお互いの近況も少しわかりました。グッドラックも読んでくれたそうです。知らなかったのですがグッドラックという本は8月の売上No1のようです。そして密度を低くして見た目は厚いけれどページ数は少ないという最新技術による紙が使用されてるそうです。出版社はコスト削減、読者は本を一冊読破したという満足感が簡単に味わうことができる、だそうです。

所有から利用へ

数年前にこのタイトルの本を読んでなるほどと思いました。持つことでは無くその物の機能を利用する事が大事なのだ。典型的なのが車。便利なので最近は1家に2台は普通で回りでも4台位ある家も見かけます。特に福井のように公共の交通手段が少ないところではそうなのでしょう。しかしその車が実際に動いているのは非常に短い時間です。ということは移動するための手段という機能だけが必要と考えれば必ずしも持つ必要はない。こういった考えからカーシェアリングという方法が始まっています。この見方から世の中必ずしも買う即ち所有することはなく色んな工夫で利用する事が出来ます。本も大概は一度読んで後は本箱に飾っておくか捨てる、実にもったいない話です。(高田の図書館では要らない本を置いておいて欲しい人が持って帰るという方法を取っていました)

という訳で最近は殆ど図書館に頼っています。そして常に自分のそばに置いておきたい本だけを買います。「ぐうたら農業のすすめ」という本を読みこれは是非持ちたいと思いました。今まで自然の成り立ちに関心を持たなかった私にその循環の仕組みを教えてくれました。農薬や化学肥料を使わなくても作物を作る事ができる。それもぐうたらしながら。この本はこれから畑をする為のポラリスになりました。(ポラリスとは北極星の事ですが冬ソナファンなら直ぐにわかるはずです。道に迷った時は北極星が道しるべになるという冬ソナのキーワードの一つ)昔は座右の書と言いましたが最近はポラリスと言います?株式投資ではケン・ミレニアムが私のポラリスですがこれについては又別の機会に。

ところがこの「ぐうたら農業のすすめ」が無いのです。いわゆる絶版という奴で在庫がなくなったらオシマイ。クローズアップ現代でも取り上げていました。大量の新刊が出されながら一方でその多くが売れ残って廃棄されていってしまう。良い本は本屋さんにはおく場所が無い。いずれは電子図書という形で解決されるのでしょうが今の所はしょうがないのでしょうか。という読みたくなったら図書館から借りることにしました。幸い誰も読まないようでいつでも借りることができるのが救いです。

皆様の回りには有りませんか、使われずにもっているだけのもの。それらは必要な人の所へいけば有効に活用されるのです。三つの呪文”ばちがあたる、もったいない、ありがたい”のもったいない話です。
という我が家も車は2台、1台で充分なのに・・・・・
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by kakabura | 2004-09-12 13:51 | ぶらだより

グッドラック

異常な天気が続いていますが皆様お変わりありませんか?台風の影響でしばらく雨が続きそうです。そこで今日は大根の種を撒きました。元気に芽を出してくれるといいのですが。

グッドラック
グッドラックという本を読みましたか?新聞の広告欄にこの本には500(だったか)のヒントが得られるとかいうのに釣られて読んで見ました。本の内容は年をとった二人の幼馴染が再会し裕福だった方は貧乏に、貧乏だった方は裕福になっていました。貧乏だった子供が裕福になったのは昔お爺さんが教えてくれた話のおかげでした。”幸福になる四葉のクローバーを二人の騎士が森へ探しに行きました。その森にはクローバーは咲いていません。そこで色々と聞いて回るのですがクローバーが咲くのには色々な条件が必要で例えば水が無い。一人はやっぱり駄目なんだと考え、もう一人は水をやるのにはどうしたら良いんだろうと考え実行していきます。結果は予想通り全て準備を整えた騎士の場所に四葉のクローバーが咲きました。”

運と幸運とは違っていて運はどこにでもあるもの。でも幸運をつかむには運(ここではクローバーの咲くのに必要な水、土壌、光其の他)を実際につかむ準備、努力が必要なんです。
たったこれだけの話で30分もかからないで読み終えます。作者は書いています、この本を書くには8時間しかかからなかった。しかし書く準備に3年かかった。定価952円は高いのでしょうか?
歌にもありますよ、”幸せは歩いてこない、だーから歩いていくんだね”

実はこの本を読んで全く同じ事を聞かされ続けているのに気が付きました。利用している投資顧問会社のレポートが繰り返し言い続けているのです。「株式投資は博打ではない。投資するための準備をどれだけするかで結果は決まる、時間をかけて調べるほど勝つ確率が高くなる。」仕事も同じですね、できる事は全てやって後は祈る。宗教心は未だに無いのですが、1度だけ祈ったことが有ります。10年位前に化学工場を作る仕事があって全力を使いきりました。建設開始の地鎮祭の時一人祈っていました。神様どうかうまくいかせて下さい。どこかの神様が聞いてくれたのでしょう。私にとっては一番の出来になりました。そしてそれが最後の仕事になりました。

グッドラックというテレビドラマがありました。パイロットと整備士の話です。実際に飛行機を出発させる時にこの言葉が使われているのでしょう。その言葉の中には整備も給油も気象も全てやることはやった。後は神様頼みますよ、みたいな事が含まれている重い言葉だったんだなと改めて気が付きました。

さて先週のばちあたりの由来について次のような説明が寄せられました。

「韓国は今も儒教道徳の浸透した国のようですが、日本の神道は、朝鮮半島を経由して
もたらされた道教や儒教の影響を多分に受けているということを聞いたことがありま
す。おそらく韓国の儒教も、道教の影響を受けているのでは。
それから、「ばち」は、「罰(ばつ)」の音韻変化したものだと思うのですが。」
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by kakabura | 2004-09-04 22:59 | ぶらだより




2羽のアゲハは何をしているのでしょう。
by kakabura
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